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南米南端ホーン岬を目指す<青海>は、日本の本州ほど続くチリ多島海を約3か月も南下して、マゼラン海峡の南に達していた。
南緯54度のモーリス湾で一夜の休息をとった後、<青海>は25マイル離れた次の停泊地に向けて出発する。
帆が役立たない微風の中、3.5馬力の小さなディーゼルエンジンを軽快に鳴らし、波のない平穏な水道を駆けていく。
空からは陽光が静かに降りそそぎ、周囲にそびえる青い山々の壮大な景色は素晴らしく、高い頂上には氷河が光っていた。つい先日まで2か月ほども連続した、雨に濡れた不気味な山々の眺めと強風は、遠い昔の夢のようだった。
出発から5時間後、次の停泊予定地、ソフィア湾の横に<青海>は達していた。が、南半球の太陽はまだ北天に輝いて、さらに20マイル先のニーマン湾まで行けそうだった。
いや、無理かな? ぎりぎりかな? 前進を強行して、途中で向かい風が吹いたり、潮流に押し戻されたりすれば、ニーマン湾に着く前に日が暮れる。闇で視界を失う前に、到着して停泊作業を終えないと、<青海>は流されて岩々に座礁するだろう。
そう思い悩んで決断を延ばす間にも、<青海>はコックバーン水道をどんどん西に駆けていく。そして気がついたとき、すでにソフィア湾は後ろに過ぎていた。
この調子なら、日暮れまでにニーマン湾に着くはずだ。と思う一方、心の底に不安を確かに覚えていた。
<青海>の行く手には、途中の岬や小島が予定通りに現れ、すべてが順調に過ぎていく。先日まで続いた強風の中の困難な航海、神経を張り詰めた日々、鋭い刃物を握り続けるような緊張感を、ぼくはほとんど忘れかけていた。
やがて前方の海面には、ニーマン湾の口が見えてきた。が、腕時計は、そろそろ午後7時。あたりはすでに薄暗い。――
「しまった!」やはり思い通りには進んでいなかった。とんでもない失敗をしでかした。錨を打って陸の木にロープを張る前に闇が来る。
<青海>が湾内の停泊予定地付近に着いたとき、あたりはほとんど真っ暗で、周囲の状況ばかりか、デッキの上も見えず、自分の位置さえ全く分からなかった。
もはや錨を打つ場所の判断も、陸の木にロープを張る作業も不可能だ。このままでは風や潮に流される。どうしよう?
ふと耳を澄ますと、かすかに水の流れる音がする。海に小川が注いでいるのだ。「助かった!」
川口付近では海底に砂や泥が堆積し、錨の利きがよいはずだ。
測深器の表示に注意しながら、真っ暗闇で自分の位置も知れないまま、まるで灯台の明かりを目指すように、川音に向けて微速で前進を開始する。そして減少する水深が20mを切ったとき、CQRアンカーを闇の中に投下した。
ただちにエンジンで錨を引いて、利き具合を確かめる。が、錨は海底を滑るのだ。ぼくはヘッドランプの光を頼りに、錨のロープを100mまで伸ばしてみる。と、どうにか海底に食い込んだ。
しかし、ロープを陸の木まで張る作業は、真っ暗闇の中では不可能だった。錨が一つだけの振れ回し状態では、風向の変化で錨が外れ、<青海>は流されてしまうかもしれない。
やはりあのとき、最悪の場合を想定して前進をあきらめ、ソフィア湾に入るべきだった。海が穏やかで、あまりにも平穏な時間が続いたものだから……
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